青山商事は1990(平成2)年、創業した府中市から福山市へ本社を移転。その福山市に20億円を寄贈した。青山五郎氏は97年6月に会長となり、社長を義弟の宮前省三氏にバトンタッチ。2005年6月からは、長男の青山理氏が社長を務める。
「どうして東京に本社を移さないのか」と、よく聞かれる。答えは簡単だ。不都合がないからだ。福山には新幹線が止まり、高速道もある。全国へ出張するのに苦労はない。本社と全国の店舗も高速通信網で結ばれ、翌日には店や社員ごとの売上高や利益、商品の在庫状況などが福山の本社で把握できる。
もちろん、郷土への愛着もある。福山市に本社を移して間もない93年、当時の三好章市長(故人)から相談された。「寄付金が見込み通りに集まらない。どうしよう青山さん」。市は当時、芸術文化ホールなどの大型建設事業を進めるため、地元企業などに協力を求めていた。
福山市に20億円を寄付し、当時の三好市長(左)から紺綬褒状を受ける青山会長
(1997年12月26日、青山商事本社)
相談を受けたが、どうしようもない。うちが20億円出しましょう―。と即答した。会社が大きくなったのは、地元のお客さんにかわいがってもらったからだ。気持ちを形で伝えたかった。
地元の選挙にも夢中になる。いかに一票を味方に付けるか、作戦を立てて実行する。勝つか負けるか。商売と一緒だ。これと思うと、とことん入れ込む。損得勘定抜きで、熱くなる。いろんな選挙での経験は、商売に役立っているはずだ。
会長になった後、店舗開発と販売促進に専念している。出店候補地は社員に選ばせるようになったが、最後の決断は私が下す。ロードサイドに出す店は、とにかく目立たなければならない。道は真っすぐより緩やかなカーブがいい。ドライバーの目に「洋服の青山」のでっかい看板が飛び込んでくる場所だ。ここなら間違いない―。この勘には自信がある。
お客さんの購買心理を読む広告宣伝も面白い。企業イメージを浸透させるテレビCMに対し、チラシには即効力が必要だ。客を呼び込み、買う気にさせる。「紙爆弾」となるインパクトが大切だ。87年からCMキャラクターをしている俳優の三浦友和さんも私が選んだ。いつかは妻の山口百恵さんを引っ張り出そうと思っているのだが、なかなか都合良くいかない。
もともと4人の兄弟で創業し、力を合わせてやってきた。私一人だけの力ではないが、喜寿を迎えた今、よくやったなとも思う。けれど満足はしない。未完だからこそ、人と企業は成長する。体が動く間は、仕事をやり続けるつもりだ。頑固たれだ。
(古川竜彦)
出典 : 平成18年4月14日
中国新聞朝刊掲載